ROTH BART BARONの大いなる休暇

ATOM
ROTH BART BARON
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バンド自らフィラデルフィアに赴き、ボン・イヴェールやフリート・フォクシーズら北米インディ勢とも共振しながらオルタナティヴな音響美を展開した前作『ロットバルトバロンの氷河期』から一転、最新作『ATOM』ではカナダのモントリオールを拠点に現地のミュージシャンを多数招集。これまで以上にエレクトロニックなサウンドも加え、まるでアーケイド・ファイアを思わせる壮大なサウンドスケープを手に入れたROTH BART BARON。気づけば彼らは、多くのアーティストが次々と名乗りを上げる東京のインディ・シーンの中でも比較対象がまったく見つからない、孤高の存在になりつつある。

彼らの音楽において一貫して変わらないのは、2人のごくパーソナルな世界観を保ちながら、同時にそれが空想や時代の空気を一緒くたにした大きなストーリーへとぐんぐん結実していくこと。その「出発点」と「終着点」のギャップ、もしくは両者の間を移動する瞬間の巨大なストライドこそが、2人の音楽にどこか神秘的で、この世のものとは思えない魅力を加えているのは間違いない。

そこで今回は「ROTH BART BARONの休日」をテーマに、その「終着点=リスナーとしての視点」から「出発点=プライベート・スペース」へと接近。新作『ATOM』の魅力や、その音楽性からはなかなか想像できない、2人のプライベートを少しだけ覗いてみました。記事の最後には、メンバーお気に入りの私物も掲載。まるで100フィートごとに世界が変わっていくような、ROTH BART BARONの不思議なジャーニーのコアとは一体? 2月20日のツアー・ファイナルを前に聞いた。

TOTOだったりマドンナだったり、シンディ・ローパーだったり……。
グランジとかが出てくる前の、技巧派のセッション・ミュージシャンたちが演奏していた時代。
僕は一時期、そういうのはすごくダサいと思っていたんですよ。
でも今回は、「そういうものに向き合う時がきた」と思った。

――前作のテーマ「氷河期」は三船さんがずっと温めていたアイディアだったそうですが、今作では80年代~90年代のSF映画をインスピレーション源のひとつに挙げています。まずはそのアイディアがどんな風に生まれたのかを教えてもらえますか?

三船雅也(Vo, G) 僕らが小さい時って、週末の夜の時間帯にテレビで映画をやってましたよね? 今は割と少なくなってきましたけど、そういう時って決まって『ターミネーター』とか『ロボコップ』とかで、淀川長治さんが「サヨナラサヨナラサヨナラ」って言ってるのをよく観てて。それに、母がもともと好きだったというのもあって、僕は東宝の特撮もの……『ウルトラマン』とか『ゴジラ』とかもすごく好きだったんです。(作品の)舞台を作る人や火薬をコントールする人みたいな、コンピューターが入ってくる前の特撮映画の裏方に憧れて、そういう職業を目指そうかなと思った時期もあって。というのも、小さい時は「ゴジラを倒したいから自衛隊に入らなければ」とか思ってたんですけど(笑)、(成長するにつれて)ゴジラなんていないことに気づき、裏方に憧れるようになっていったんです。

――ははは(笑)。

三船 で、10代の頃、コンピューター・グラフィックの時代になって、それだけをメインに働く人たちがいなくなっちゃったことがわかり、軽く絶望したりとかもしていて。今回は、そういう時代の、サイファイなものに興味を惹かれたんですよ。音楽でいうと、たとえばTOTOだったりマドンナだったり、シンディ・ローパーだったり。ブロンディはちょっと違うけど……「下手でも音楽はできるぜ」ってグランジとかが出てくる前の、技巧派のセッション・ミュージシャンたちが演奏していた時代ですよね。たとえば、90年代でもウォルト・ディズニーのエンディング・テーマとかはスローなバラード系が多くて……。

Toto - PamelaToto - Pamela

Cyndi Lauper - Girls Just Want To Have FunCyndi Lauper - Girls Just Want To Have Fun

――確かにそうですね。

三船 僕は一時期、そういうのはすごくダサいと思ってたんですよ。10代の頃は、「あのゲートがかかったスネアとかは絶対やらない」って思ってて。でも今回は、「そういうものに向き合う時がきたな」と思った。過去に自分がそういう音楽を聴いてたことにも気づいたんです。たとえばサザエさんのBGMでもだいたいシンセが鳴っているし、ナチュラルな響きじゃないシンセサイザーの音色って、意外と耳にしてたんですよね。知らず知らずのうちにそういうものを吸収していた。そう考えると、自分の原体験としても無理がないのかな、と思ったんですよ。

――前作の「氷河期」は、モチーフとしては日常からはかけ離れた場所を連想させるものだったと思うんですが、今回のテーマはむしろ思い出や実体験から出てきたということですか?

三船 うーん、確かに「氷河期」のモチーフは自分の生活からは遠いものなんですけど、でもアルバムを作っていたときは、「僕が生きている半径何キロメートルの世界」がそういう風に見えていたんですよ。それで、「13年に日本で音楽をやっている僕らに、現実的に氷河期がきたら」と仮定したらマッチするかなと思って作った作品で。今回は、幼少期に観ていたハリウッドのサイファイ・ムービー……『2001年宇宙の旅』とか「エイリアン」とか、ギリギリまだコンピューター・グラフィックスが入る前のああいう作品のイメージですね。今思うとちょっとチープな感じでレトロ・フューチャーかもしれないけど、僕が幼少の頃はあれが本物の未来だと思ってたし、いつか核戦争が起こって穴ぐら暮らしになるんじゃないかとか、機械対人間の戦争が起きるんじゃないかって思っていて。ちょうどその後、ノストラダムスの大予言があったり、オウム真理教や2000年問題が出てきましたよね。それで、バブルも終わってまだ混沌としているなかで、きっと自分の将来も安定しないんだろうなっていう風にちょっと思っていた。でも、意外と全然そんなこともなく、順調に大人になって……。

――なるほど。

三船 で、今はシリコンバレーで起きていることが一番クールなこととされるようになって。そこで起きている爆発が世の中を取り巻いて、音楽もCDやアナログよりSpotifyやApple Musicで聴いた方がイージーにアクセスできる環境ができていますよね。スマートフォンのたった何インチかのディスプレイの中で、自分がアップした写真やSNSでつぶやいたこと、他人がどこにいるかがライブラリになって、それが企業に売られていたりする。もちろん、そういうたくさんの情報が集まることによって、ものすごく急速な進化が起こっているわけですけど、そんな環境のなかで、隠れて生きていくことがますます難しくなってきたなって思うんですよ。僕はテクノロジーが進化するのは大賛成だし、(その行方が)超楽しみなんですけど、同時に恐怖も出てくると思うんです。たとえば、スマートフォンでかわいい我が子の写真を撮っているお母さんがいたとして、もしかしたらそのスマートフォンに使われているレアメタルは発展途上国の若い子たちを低賃金で雇って採取したものかもしれない。それは「果たして幸せな日常なのかな」とか。「でも、別に幸せになる必要もないのかな」とか。とにかく、その粗いドットで表示された画面のなかで何が起こっているのかぼんやりわかってくるところが、「SF映画と現代って案外遠くないのかもしれないな」って思って。その時に『ATOM』という言葉が急に、ヒュッと視界に入ってきたんです。

――「SF」と「現代」の接点になるような言葉といっても、他のものになる可能性も沢山あったと思うんですが、なぜ『ATOM』がいいと思ったんでしょう?

三船 ひとつは単純に、前作の『ROTH BART BARON'S "The Ice Age"』のようにヒッチコックの映画タイトル風にはしたくないっていうのがあって。一言で表わせる言葉はなんだろうと考えていて、「Atom」という単語の響きがずっと残っていたんです。「Atom」って一言だし、しかも手塚治虫先生の『鉄腕アトム』のおかげで日本人にはとても親しみのある言葉でもある。核とか原子っていう意味もあるけど、「nuclear」じゃなくて、もっと「自分の核になるもの」というイメージもあるし、使い方次第で色々な意味になる言葉ですよね。それに、「とかげ」とか「やまと」「ひみこ」とか……日本に中国の言葉が入ってくる前の、漢字を使う前の日本の言葉に少し似てるとも思ったんですよ。原子的に狩猟生活をしていた日本人が自分たちで使い始めたベーシックな言葉の響きって、意外と英語に近いんじゃないか、と思うんですよ。そういうことを考えていたら、ピースがカチっとハマるように、スムーズに決まったんです。前作が一筆書きで最初から最後まで繋がっているアルバムだとしたら、今作は一曲一曲が独立した作品なんですけど、それが『ATOM』っていうタイトルにヒュッとまとまっていったんですよね。

――アルバム全体をまとめる要素として、最初から考えていたわけではなかったんですか。

三船 全く考えていなかったですね。タイトルはひとりで考えて、みんなには言ってなかったし。全部レコーディングが終わった段階で言ったんです。

――へええ。SFっぽい曲名も沢山あるので、その辺りは最初から共有していたのかと思っていました。

三船 ”フランケンシュタイン(Frankenstein)”とかはカナダでレコーディングした時に、現地のミュージシャンやエンジニアに「1930年代のハリウッド版『フランケンシュタイン』のなかで博士がモンスターを生み出すシーンみたいにしたい」っていうのを伝えるために、仮タイトルとして付けたのが残っちゃったっていう。曲を作って、「こういうのができました」って伝える時には、色々なたとえを持っていくんです。紙に書いた文章や本とかを持ってきたりして、イメージを想像してもらいやすいようにはするというか。

――中原さんとはその感覚をどう共有していったんですか?

中原鉄也(Dr) アルバムの全貌がまだ全然見えていない時に、スタジオで「この曲はイメージは『ターミネーター』だから、サントラを聴いといて」とか、そういうやり取りがあって。「じゃあ改めて聴いてみよう……」って感じですね。デモ段階から曲のタイトルは副題含めて三船が考えたものが色々とあったんですけど、僕らはそれを見ながら自分たちなりのイメージを後乗せしていった感じでした。

――そうすることで、三船さんが当初意図していたものから変化させていく、と。

三船 そうですね。僕が漠然としたイメージで伝えるのは、そうするといい意味である種の勘違いをしてくれるからで、自分と違うアイディアが出てきた時が楽しいんですよ。レコーディングしたカナダでも、現地のミュージシャン達のアプローチが全然違って、ベースラインが後半ジャズっぽくなったりとか。でも、そういう意外な部分が出てきたら「あ、使おう」ってなる。”ショッピングモールの怪物 (Shopping Mall Monster)”も、最初はオルタナティブ・フォークというか、ウィルコみたいな感じにしようと思っていたのに、最終的には全然違う方向になったんですよ。他にはビョークみたいな曲にしようと思ってたのに全然そうならなかった曲もある。一番想定外だったのは”bIg HOPe”ですね。ゴッドスピード・ユー!・ブラック・エンペラーとかThee Silver Mt. Zion Memorial Orchestraに参加しているジェシカ・モスにヴァイオリンを弾いてもらったんですけど、曲のイメージを伝えたら「よくわからないから、指揮してよ」って言われて(笑)。ダニー・ケイのNYフィルの指揮くらいしか観たことのない僕がいきなりやらされて、しかも下手くそだから「違う!」って怒られたりして(笑)。

Wilco - MisunderstoodWilco - Misunderstood

Godspeed You! Black Emperor Live at The MetropolisGodspeed You! Black Emperor Live at The Metropolis

――(笑)。

三船 でも、元々生のストリングスを入れたいと思ってショボいMIDI音源で入れていたものと彼女のアプローチは全然違って、生き物みたいに弾くので、もうめちゃくちゃ感動しちゃって。レコーディングが終わった後、泣いちゃいました。あれはイメージを伝えた先に衝撃みたいなのものを感じられた瞬間でしたね。

小さい頃、どんぐりとか蟻とかを見つけるのがすごく速かったんです。
で、いつからそれが見つけにくくなったのかなって考えていたんですけど、
逆に今は「高いところの葉っぱとかはよく見えるな」っていう。
フォーカスするところが変わるだけで、見えるものが変わるっていうか。

――前回に引き続き『ATOM』も海外でレコーディングされていますが、それは前回やってみてすごく良かったからなのか、それとも他の考えがあってのことだったのか、どっちだったんでしょう?

三船 バンドを始めたばかりの頃から、自分が思い描くノイズの作り方しかり、ハーモニーのやり方しかり、日本のエンジニアさんだと10わかってもらうのに20、30言わないといけなかったりすることがあって、そうすると音楽の旬のようなものが失われている気がして……。それが自分には合わないと思ったんです。そこで前回は(フィラデルフィアの)マイナーストリート(・レコーディングス)で録ったんですけど、そこのエンジニアさんは1~2くらい言えば10わかってくれるみたいな感じで、レスポンスも早いし、エフェクトのかけ方も説明するのがすごくイージーで。その後、『氷河期』をリリースして、日本も回れたし、海外でも8公演くらいツアーをして……。今回モントリオールでレコーディングすることに決まったのは、前回と同じ環境でやることもできたけど、「より広い世界を見たい」と思ったからですね。カナダの――ゴッドスピード・ユー!ブラック・エンペラーもそうだし、ユニコーンズもそうだし、ブロークン・ソーシャル・シーンもそうだし、まぁオーウェン(・パレット)もそうだし――ああいうバンドってポップな要素ももちながら、すごく実験的なサウンドもあって、ノイズとかも作り込んでて……ヨーロッパのニオイも少しする。ファックト・アップですらキャッチーなところがありますよね。良い歳した大人なのにティーンエイジャーみたいにキラキラしながら、ガシャガシャした音楽をやっていて。「その秘密って何なんだろう?」ってことを知りたかったし、自分が抱いていた『ATOM』のイメージともすごく合うと思ったんです。そしたら現地のミュージシャンたちのスケジュールとか色々な要素がカチッとハマって、今回のスタジオ(Hotel2Tango)に決まった感じでした。だから意図してはいたんだけど、決まったのは色々な波長が合ってというか、なるべくしてなったという感じですかね。

Broken Social Scene - 7/4 ShorelineBroken Social Scene - 7/4 Shoreline

Owen Pallett - Lewis Takes Off His ShirtOwen Pallett - Lewis Takes Off His Shirt

Fucked Up - Queen Of HeartsFucked Up - Queen Of Hearts

――現地の参加ミュージシャンはどんな風に決めていったんですか?

三船 元々「こういうサウンドを入れたい」っていうのは向こうの人に伝えていて。それで現地に行って、エンジニアのラドワンっていう、レバノン出身でゴッドスピード・ユー!たちと一緒にHotel2Tangoを作った4賢者の1人でもある彼に「こういう曲が作りたい。こういうミュージシャンたちとやりたい」って伝えたら、スタジオの半径何km以内にパトリック・ワトソンとかオーウェン(・パレット)とか、そこら辺のコミュニティのミュージシャンがみんな住んでいたんで、「こういうミュージシャンがいるよ」「彼なら空いてるよ」って色々と教えてくれたんです。

――そうするとまさに、予期せぬハプニングが沢山ありそうですね。

三船 いっぱいありましたね。来るはずの人が来なかったりとか(笑)。でも、もともと僕らは最初からカッチリと決まったものを再現しに行くっていう心構えではなかったので、それも楽しかったんですよ。日本語詞で何を歌ってるのかわからない日本人と現地のミュージシャンがセッションしながら作っていくこと自体が、そもそもハプニングを楽しもうってことのような気もするし。自分の経験上そういう人たちのほうが会話がイージーに通じて、思い通りに手足が動くっていうのもあって、楽しんでやってました。日本の教会の大きなパイプ・オルガンで一所懸命レコーディングしたものをミックスの段階ですごい音を小さくされたりとかもしたんですけど、「まぁ、それもいいか」って思ったり。

――ROTH BART BARONの音楽の特徴でもある、「基本的にはものすごくパーソナルな音楽であるにもかかわらず、最終的にはそれが壮大で外に開かれたものになっていく」という雰囲気が、今回の制作過程そのものに表われているような感じがします。

三船 ああ、それはそうかもしれないですね。色々なところから出てきたアイディアを採用するって言っても、やっぱり最終的には中心は僕らなわけで、悪い意味で飲み込まれちゃうと真ん中がなくなっちゃう。でも一方で、「日本人に呼ばれてセッションしに行ったけど良かったな」って思ってもらいたいし、また向こうに行った時に「一緒にライヴやってよ」って言われるような関係になりたいし。そういうところは「外へ外へ」って思っているところが確かにあって……。なるほど、言われて気が付いた。

――せっかくなので、「なぜそうなるんでしょうね?」ということを一緒に考えてもらえると嬉しいんですが……なぜだと思いますか?(笑)。

三船 なんでしょうね。「四畳半から宇宙へ」じゃないですけど、たとえば、「bIg HOPe」が出来たきっかけにしても――。僕、夜のファミレスとかが好きなんですよ。ちょっと一時間くらい郊外へ車を走らせると、みんな車中心の生活だからコンビニもファミレスも大きな駐車場があって……。タクシーの運転手さんが休憩していたり、店員さんもちょっとラフでゆるい対応だったり、カップルが行く先がなくて喋ってたりとか、高校生が逃げ場に使ってたりとか、窓からの風景も大きな駐車場くらいしかないからすごく真っ暗で……。そういう景色がフッと思い浮かんだ時に、その外の景色が真っ暗で見えない感じってすごく怖いなって思ったりしたことだったり。アメリカ・ツアーに行った時も、高速道路の真ん中にダイナーがあったりして、そういうところの真っ暗だったはずの窓に、気付いたら魚が見えて、よくみると水槽の窓になってて、ピシって割れて水が入ってきたりとか、そういう日常から逸脱するようなイメージがフッと思い浮かぶ時があって。それってスパイク・ジョーンズとかミシェル・ゴンドリーの作品とかに近い、ああいうバランス感なんですど。

――そういったイメージの飛躍のようなものが、もともと曲が生まれるきっかけになっているんですね。中原さんはそれをずっと受け取ってきたという感じですか。

中原 三船がそういうことを妄想しているっていうのは、普段会話の中から察することはできないんですけど、曲とか歌詞の壮大な雰囲気はずっと初期から感じていて。今回のアルバムって前回とガラリと変わっているんですけど、ぼくもそれを共有するというか……一緒にやっていくなかで、どうすれば曲にフィットしていくかみたいなことを考えていくんですよ。

――ひとりではなく、ふたりでやっていることで、ミクロなものがマクロになる感覚はありますか?

三船 まぁ、確かに色々な目線みたいなのが入っていて、コインの裏表みたいに常に反対側があるっていう、そういうフィーリングを常に考えているというか。作曲している時は僕ひとりなので、そこから外に出た時に、さっき言ってたパーソナルなのに壮大、みたいな話に繋がるのかなって。そういえば僕、小さい頃どんぐりとか蟻とか見つけるのがすごく速かったんですよ。なんでみんなは見つけられないんだろうって思うくらい。身長が伸びて目線が高くなった今でも、しゃがむと結構見つかるんですけど。で、いつからそれが見つけにくくなったのかなって考えていたんですけど、逆に今は「高いところの葉っぱとかはよく見えるな」っていう。フォーカスするところが変わるだけで、見えるものが変わる。ごちゃっとした林に行って、しゃがむと色々な虫が見つかるし、そこにすごい世界が広がっていたりする。……何か、そういう感じなのかもしれないですよね。

――ああ。

三船 でも、僕らは逃避的にはなりたくないんですよ。音楽を聴いている時だけどこか違う世界へ行ける、みたいな、そういう感じにはなりたくない。それが良いとか悪いとかじゃなくて、自分の性には合わないんです。ただ、音楽は記憶のトリガーみたいなものをパッと引いてくれますよね。そういうところで「いいな」って思って感化されたりするのが、音楽をやっているひとつの理由でもあるというか。この秘密はまだ解けていませんね(笑)でも、「どこか遠くへ」っていうよりは、「今ここを見ることによってここではないどこか見てしまう」とか、「それを感じながら今ここにいる」とか……そういう感じなのかもしれない。ちょっと観念的で掴みどころのない話になってしまうんですけど(笑)。

――さて、今回は音楽的に見るとかなり大きな変化が起きているように思えますね?

三船 やっぱり『氷河期』で培ってきた音楽のやり方と、同じ手法でやれなくなってきたというか、バンドとして通用しなくなってきた部分があったんです。ステップアップしなくちゃいけないっていうプレッシャーはなかったですけど、そういう風にやりたいなっていうのがあって。今回は家でプリプロダクションを作って、MIDIの音源を重ねてオーバーダブしていた時、「これはビッグなサウンドになるぞ」「すごい数のミュージシャンが必要だな」って気付いたんです。自分でそうしようと思ったというより、できたものがそうなっていた。明確なヴィジョンや言葉をもって作っていたわけではないので、意識的ではないところが多いですね。無意識でいたら、最終的にそうなったというか……。

――たとえば、”電気の花嫁”などは明らかにこれまでにはないアプローチになっています。

三船 この曲は、今年の初めくらいにアメリカで古い80年代くらいのKORGのシンセを買って、チープな音色だけど「あ、この音聴いたことある」みたいな、そういう音からインスピレーションを受けていますね。僕らって楽器を買いすぎて、常にお金が楽器に消えちゃうというか(笑)。でも、そういう風に楽器が常に循環してることは、すごく大事なんですよ。一本のギターで貫き通す人もいると思うんですけど、ぼくは色々な楽器に影響を受けるので。”電気の花嫁 (Demian)”のシンセサイザーのサウンドも、安いシンセを見つけて、弄ったりしなかったら絶対出てこなかった音だし。でも、明確な目標みたいなものはないんですよね。『ATOM』を作っている時も、むしろあまり音楽を聴かなくなっちゃって……。映画とかもあえてあまり観ずに、自分の中にあるものでいくというか。そっちの方が勘違いして変な着地点に行くので、自分としても面白いなと思っていて。

――じゃあ、リスナーとして今自分がこの作品を聴いた時、どんな作品を連想するでしょう?

三船 マグネティック・フィールズとか、ニュートラル・ミルク・ホテルとか、マージ(・レコーズ)とか? 常に自分の中にあるものだから、そういう感じはあるかも。あとは……ジャーニーとか(笑)。

中原 バンド・オブ・ホーセズみたいな感じもあるかもしれないですね。ジャーニーも確かに……(笑)。

アメリカのインディ・シーンで爆発のようなものが起こって、
僕もそれにすごく影響を受けたんですけど、
じゃあ日本で爆発が起こったら世界へと伝えないのか、って思うんですよ。
そういうものをちゃんと循環させていきたい。

――“ふたり”というのはユニットの最小単位ですが、マンツーマンで作っていくということは、4~5人編成のバンドと比べて、お互いに「ここまでいったら完成」というボーダーラインがはっきりと存在していそうな気もします。

三船 それはそうですね。確かに基準みたいなものはあります。ただ、明確に設けているわけではないし、具体的にはあまり話し合わないんですよ。僕はこのアルバムのために30曲くらい作ったんですけど、それを投げていい反応を返してくれるのってほんとに少ししかなくて。だから上手く説明はできないですけど、なにか化学反応のようなものが起こる基準みたいなのがあるんだなっていうのは感じてますね。

――付き合いが長いからこそ、そこを明確にしなくても肌感覚でわかるという感じですか。

三船 どうなんですかね、そういうのもあるのかな。僕らはもともと中学の同級生で、ふたりともテニス部で、ダブルスでペアを組んでいたんですよ。ずっと3年間試合を一緒にやっていて、部活を引退して卒業したあと各々別々の道へ行き……その時は音楽をやろうとも全然思っていなくて。で、20歳か21歳くらいの頃に再会するんです。その時は学校もバラバラなんですけど、僕はその間にPCで音楽を作るようになっていて、彼の実家にアップライトのピアノがあったんで、音源を持ち込んだり、新譜を貸し借りとかするようになって。で、その後「スタジオに入ってみるか」ということになって、持ち曲がないからニュー・オーダーをひたすら練習するっていう(笑)。ROTH BART BARONは、そうやって遊んでいくなかでバンドになっていたんです。だからバンドとしての時間よりも、一緒にゲームをやってた時間の方が長かったし、最初は全然音楽の話もしていなかったですね。全部再会してから始まった感じで。

――お互い、もともと音楽は好きだったんですか?

三船 そうでうすね。でも中学生の頃って、共通の話題は部活とかだったので。しかも結構厳しめの部活で、常にそっちのことを考えていたような気がしますね。あの頃はシンプルな人生でした(笑)。

――一緒に音楽をやっていくなかで、お互いのミュージシャンとしての個性も分かってきますよね。

三船 (中原は)基本的にあんまり感受性を外に見せないというか、なかなか感化されないんですよ(笑)。自分が中心で、動かない。頑固とも違うんですけど、そこがある種周りの音楽をやっている人との違いというか。彼は自分の中でのヒーローもいないし、そういうところが……何ていうか、強いんです。周りの音楽にも悪い意味では影響されないし、「ドラムはこうあるべきだ」みたいなものもないし。そこがすごく面白いなって思います。

中原 三船はすごく知識があるので、毎回驚かされるというか。バンドをやっていくなかで浮き沈みもあるんですけど、沈んでいる時でも彼は根がすごくポジティヴなので、そういう部分にも励まされたりしますね。そういうのが続けられる原因なのかもしれないです。僕は三船に比べるとこれまで熱心に音楽を聴き続けてきたわけではないんですが、彼が作る音楽はいわゆるJ-POPみたいなものとは全然違うところにあって、対バン相手でも自分たちのような音楽性のバンドにはなかなか巡り合わないし、そういう点はおもしろいなって思いますね。自分の世界観がしっかりあって、自分を表現しているっていうのは一緒にやっててすごく励まされるし。

三船 最初の関係は友人でありながら、今では仕事のパートナーになっていく中で、何とも言えない絶妙な接し方になっているというか。それがすごく面白いし、普通の友人にそこまでは求めないだろうって部分もあったりするのが、健全でいいなと思うんですよね。でもやっぱり部活で一所懸命練習してきて、試合で「次の一球にチーム全体の勝ち負けがかかっている」とか、そういうことを経験してきているから……不思議な感じなんですよ。変わったと言えば変わったと言えるし、どっちかっていうとその頃の関係が続いているって気もする。だから、他の人に説明するのは難しい(笑)。

――『ATOM』を作ってみて、これらについてはどんな可能性を感じていますか?

三船 たまたま海外でレコーディングしたりツアーしたりすることができたのもあって、「フィラデルフィアでレコーディングがしたい!」って言っていた僕らのように、「日本でレコーディングしたい」とか「日本にツアーをしに行きたい」っていうバンドが世界中に驚くほどいることがわかったんですよ。そこで培ったり影響を受けたものを、ちゃんと日本に持ち帰りたい。たとえば僕らが東京にスタジオを作って、「じゃあうちのスタジオでレコーディングして、泊まっていけよ」って言えるようになるのが大きな夢ですね。直接世話になった本人たちには恩返しできないかもしれないですけど、そういう人たちに対して自分がしてあげれることってなんだろうって考えた時に出てくるのはそういうことです。今のいわゆる「東京インディ」って呼ばれている人たちの中でも、頑張っているけど、それが日本の中だけで止まっているように見えるのはもったいないと思うし。「海外がいい、日本はダメ」という話ではなくて、これだけ世界がフラットになってきている中で、僕らの感覚では「フラッと大阪行ってきた」みたいなことと同じ感覚でカナダとかアメリカに行っているわけなので。

――なるほど。

三船 それに、僕らが(ツアー先で)出会ったタイとかインドネシアのミュージシャンも、視線が外へ外へと向かっていて、平気で自分たちが日本でも通用すると思っている。そういうことがナチュラルにあるのに、日本の人たちって変に頭が良いからそれができてないんじゃないかな、と思う部分があって。でも、たとえば数年前にアメリカのインディ・シーンで爆発のようなものが起こって、僕もそれにすごく影響を受けたんですけど、じゃあ日本で爆発が起こったらそれを世界へと伝えないのか、って思うんですよ。空気が淀んで水が腐る前にってわけじゃないけど、そういうものをちゃんと循環させたい。そこで、スタジオを設けて、今までぼくらが培ってきたものを同じように世界中で肩身の狭い思いをしている人たちと共有したいっていうか。僕らの音楽が好きな人が東京に何百人いる、大阪に何百人いる、名古屋に、金沢に、北海道に……っていうのと同じように、それがインドでも他の国でもっていうことが起きればどこへだってツアーに行けるし、そういうことができることが大事だなって。あと、僕らは東京に住んでいるので、地元のバンドと海外のバンドがコミュニケーションできるフェスみたいなものができればいいとも思いますね。どんなに手作りな規模でもいいから、自分がいいと思えるバンドやアーティストを呼べる環境を作りたい。なかなか難しいとは思いますけど、理想は失いたくないので。

――国境みたいなものではなく、共鳴する同じ価値観で繋がっていきたい、という感じですか。

三船 そうですね。もちろん、日本でももっと見てみたい場所がいっぱいあります。今回のツアーは北海道から鹿児島まで行くけど、北海道って言ってもすごく広いし。頭がいい人は「こことここは近いから集客をまとめて……」と考えるのかもしれないけど、僕らは色々なところへ行きたいと思ってますね。

中原 僕も三船と同じように、日本だけじゃなくて、海外でもどんどんツアーをできるようなバンドになりたい。それがひとつの目標ですね。日本だとプロモーションしてもそれが世界へと繋がらないことが結構ある気がするんですけど、海外だったらシアトルのKEXPに出たことが世界中のフェスへ出演するキッカケになったりするじゃないですか。そういう意味で国境を超えたい、というのはあります。あと、バンドのひとつの目標としてコーチェラ・フェスティバルに出たい、というのがあって。サスカッチでもいいし、グラストンベリーでもいいですけど、そういうことのためにも、海外のバンドを日本に呼べるようなバンドになれたらいいな、と思います。

ROTH BART BARONが持ち寄った
お気に入りの私物たち

Voigtlanderフォクトレンダー
学生時代からずっと使っているレンジファインダー(カメラ)なんですけど、写真だけは音楽と違って頑張らない趣味にしようと思っているんですよ。一眼レフとは違ってあまり細かいことはできないカメラなんですけど、それが逆に楽しいっていうか。フィルムにしか出せない質感があってとても良い。音楽も一緒で、テープで録音した時の質感はデジタルなものでは出せないものがありますよね。どっちがいい、という話ではなくて、それぞれ違う特性を持っているという話なんですけどね(笑)。(三船)
The Osborne Collectionオズボーン・コレクション
イギリスの18〜19世紀、ヴィクトリア時代ぐらいの絵本を、ほるぷ出版が復刻して、当時の印刷具合とかも再現したものを出したんです。僕はある日古本屋で見つけたんですけど、今の色では出せない鮮やかさとか、紙へのこだわりとか、「複製できるプロダクトってこんなに面白いんだ」と思ったんですよ。それで、古本屋で探して集めてたんですよ。そうしたら、ついこの間、祖母が亡くなった時に部屋を整理してたら、その全巻セットを祖母が買ってて(笑)。血は争えないなぁというか、それでコンプリートしたんですよ。アートワークを作るときも、たまに開いて読むようにしてますね。(三船)
Pocket Pianoポケット・ピアノ
これは『Pocket Piano』と言って、アメリカのCritter & Guitariというメーカーが作ったもの(シンセサイザー&アルペジエイター)なんですけど、前作『ロットバルトバロンの氷河期』を録ったフィラデルフィアのスタジオの近くで作っていて、日本にも入ってきているんですよ。見た目はチープなんですけど、これってすごく面白くて、コンピューターの横に置いて、煮詰まった時に遊んだりするんです。ライヴでも使ったりしてて。ピアノの鍵盤の配置なんですけど、すごく変わったアイディアで、今回のアルバムでも”フランケンシュタイン(Frankenstein)”にも使ってるし、隠し味的に原音がわからないノイズみたいにして使ってるんですよ。ずっと少年心を忘れないところが好きで、常にかたわらに置いてます。(三船)
Shakerシェイカー
これは普段使っているシェイカー(振りもの系パーカッションのこと)ですね。一番メインで使ってるのはアメリカのLPというメーカーのもので、前作『ロットバルトバロンの氷河期』でも”氷河期#3(Twenty four eyes / alumite)”に使ったりしてました。でも、結構壊れやすくて、もう3代目です(笑)。これを色々組み合わせて使ってますね。(中原)
Tennis Racketテニス・ラケット
さすがに2人でやったりはしないですけど、今でもたまにやってるんですよ。今5本あって、現役の時に使っていたものが、この中にあるんですよ(左の2本)。真ん中のものは2014年モデルで、最近友達から譲り受けて使っているんです。右の2本は初期に使っていたもので、その古いモデル。三船と一緒にテニスをやっていた時は軟式テニス部だったんで、これとは違うものなんですけど。音楽をやってても体力はつけなきゃいけないし、だったらテニスは出来るしやろうかな、という感じですね。(中原)
Butamenブタメン
小学校って近くに駄菓子屋さんがあるじゃないですか、で、小学校ってお金持って行っちゃいけなかったんで、帰りに買ったりはできなかったんですけど、僕は学校の剣道クラブに行っていて、その帰りに親が迎えにくるんで、その時にねだれるんです。ブタメンって、駄菓子の中では70年ぐらいして、小学生からするとちょっと高価じゃないですか(笑)。今種類も増えていて、僕は『ブタメン (とんこつ)』が一番好きなんですよ。今だったら大人買いできる(笑)。(中原)